2008年6月22日日曜日
『乱暴と待機』を読む
「他者と繋がりたい」という切実な思いがあるのに、その方法が分らない人たちがいる。
「人に嫌われたくない」という思いが強い故に、自らの心に背を向ける人たちがいる。
本谷有希子著『乱暴と待機』(メディアファクトリー刊)は、そんな男女が主人公だ。
「物事のあらゆる結果には必ず原因がある」という持論に執着する英則と、「人から嫌われることを極端に恐れる故に人を拒むことができない」奈々瀬は、奇妙な同棲生活を行っている。
英則は、今の自分が不幸になった原因は、「あの時」の奈々瀬の言動にあるはずだと考え、それに見合う復讐を毎日考え続ける。奈々瀬は、色気を感じさせないスェットとだて眼鏡姿で家にこもり、英則からの復讐を待ち続ける。復讐が2人の関係を繋ぐ。
奈々瀬は、幼馴染だった英則を「お兄ちゃん」と呼ぶ。そして、こう語る。
「私がお兄ちゃんとずっと一緒にいられる理由があるとすれば、もう嫌われることはない、という安心感によるものかもしれない。お兄ちゃんといると、あまり疲れないで済む自分に気づく。お兄ちゃんだけは私にがっかりしない。がっかりするにはまず期待しなくっちゃならないから。それに復讐相手として憎まれている限り、お兄ちゃんが私から離れていくことだってない。だから・・・・復讐という関係性だけは失うわけにはいかないのだ。私達はその一点だけでつながっている。私にとって、それはたとえば愛情関係なんかよりもずっと確実なつながりに思える。永遠の愛は疑ってしまうけど、永遠の憎しみなら信じられる。愛に理由はなくても、憎しみには必ず原因がある。愛の理由が進行形だとしても、憎しみの原因は過去に存在すればいい。私もお兄ちゃんもそのことをよく知っている。だから私達は、この関係性を毎晩毎晩「明日は(復讐の方法を)思いつきそう?」「思いつくよ明日は」のやりとりで確認し合うんだろう。確実なつながりを求めるせいで、私達はもはや復讐なしで一緒にいることはできない」。
2人は6畳一間の小さなアパートに住んでいる。そこには、鉄製の二段ベットがあり、上に英則が、下に奈々瀬が寝る。そして、英則は毎晩ジョギングに行くと偽って屋根裏からこっそり奈々瀬の言動を覗いている。奈々瀬は、屋根裏から英則が覗いているのを知りながら、知らんぷりしている。実は、英則が屋根裏から覗くように仕向けたのは、奈々瀬自身なのだ。
復讐と覗きで繋がっている2人の関係は、4年間、それなりにうまく続いていた。
しかし、そんな2人の間に介入する者たちが現れる。1人は英則の同僚。もう1人はその同僚の恋人で、英則や奈々瀬の幼馴染。この2人の介入で、比喩的物語がリアリティをもって展開し始め、英則と奈々瀬の自意識は崩壊する。そして、それぞれの本音がぶつかった時、物語は現実を超えたリアルな関係を描き出す。
そして、奈々瀬は叫ぶ。
「えー、だから言ったじゃないですかー。めんどくさい女だって。こういう小細工するようなぁ、別れ際に絡むようなぁ、めんどくさい女なんですよ。私はぁー」
「はいはい。知らないほうがよかったですよね!? 幻滅させちゃってほんっとすいません! でも・・・幻滅ついでにあと1個だけ本心いってもいいですか・・・」
「めんどくさくても大丈夫っていわれたかったですよ! 私は! 山根さん(英則)に・・・めんどくさいの込みでずっと一緒にいてもらいたかったですよ!・・・・畜生ぉ!」
そしてこう続く。「これでいい。偽りから解放された私は、これでやっとこの欺瞞に満ちた小さな部屋をあとにすることができる」、と。
普通、ここで物語は終わる。ところが、著者は「そのあと」を描く。
奈々瀬の叫びと共に暗転した舞台は、さらなる展開をみせるのである。
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