2008年6月30日月曜日

横山秀夫著 『クライマーズ・ハイ』



横山秀夫の著作のうち、1冊を選ぶとすると、私は躊躇なく『クライマーズ・ハイ』(2003年)を選ぶ。
『半落ち』、『深追い』、『第三の時効』、『真相』、『影踏み』、『看守眼』、『臨場』、『出口のない海』など、多くの横山作品を読んできたが、『クライマーズ・ハイ』こそが、横山秀夫の最高傑作である、と思っている。

クライマーズ・ハイとは、興奮状態が極限にまで達して恐怖感がマヒし、怖さを感じないことだ。例えば、垂直に切り立った岸壁を登っている時にクライマーズ・ハイになると、全く恐怖感を感じずに一心不乱に岸壁を攻められ、気がついた時には岸壁のカシラに立っていることがある、といわれる。しかし、クライマーズ・ハイが解け時が怖ろしい。抑圧されていた恐怖心が一気に噴き出す。もし、岸壁を攻めている途中で解けると、そこから1歩も動けなくなる。


新聞記者である主人公は、翌日から同僚と一緒に、谷川岳一ノ倉沢、衝立岩正面壁を登る予定だった。しかし、御巣鷹山に日航123便が墜落し、全権デスクを任された主人公は、新聞報道の最前線で情報の山と格闘することになる。同時に、彼とアンザイレン(ザイルパートナー)を結ぶ予定だった同僚が不審な事故で植物状態になる。

主人公は、日航123便の事故を報道するうちに、だんだんとクライマーズ・ハイになる。しかし、あと一歩で世界的スクープをものにできる、その瞬間に、クライマーズ・ハイが解けてしまう。

「旧式の電車はゴトンと1つ後方に揺り戻して止まった」、という1文で始まるこの小説は、衝立岩登山の物語でも、日航123便墜落事故の報道物語でもない。真のテーマは父親と息子の関係である。父親は息子と、どのような関係で生きていくのか、どのようなザイルパートナーが望ましいのか、それがこの小説のテーマである。
幼くして父を失った主人公は、父との関係を知らない。そのことはまた、息子とどのような関係で生きて行けばいいのか、分らないということでもある。「後方に揺り戻して止まった」電車から土合駅に降りた主人公の人生は、そこから始まるのか、そこで終わるのか。

この夏、『クライマーズ・ハイ』が映画になる。監督は原田眞人。この原作をどう描くか、楽しみである。

映画『クライマーズ・ハイ』公式サイト

2 件のコメント:

jingil さんのコメント...

原作は是非読んでみたいです。ラジオでやっていた映画評では『「ブンヤ」という言葉が生きていた「昭和」がえがかれている。年配の人には懐かしい映画だ』と言っていました。
私は「日航123便墜落事故」の前日、偶然に現場のすぐ近くをオートバイで通りました。思い出深いです。

MARCH さんのコメント...

やはり、映画は日航123便の報道現場がメインなんでしょうね。私が監督なら、衝立岩を攻めるシーンをメインにしたいところです。