2007年5月12日土曜日
情報を編集することの意味 新聞とブログ
5月11日。晴れ。今日から熊本へ。
風が強いため、離陸・着陸時に、飛行機はかなり揺れた。
私はジェットコースターは怖くて乗れないが、飛行機はいくら揺れても恐怖感を感じたことがない。むしろ心地良いくらいである。
この差は何処にあるのかと、考えたことがある。そして、1つの仮説を思いつき、その仮説を証明するためにジェットコースターに乗った。その結果、あんなに怖かったジェットコースターが全く怖くなく、快感をも感じた。
何をしたのか。「目を瞑っていた」のである。ジェットコースターが動き出してから止まるまで、ずっと目を閉じていた。
つまり、目の前の景色が猛スピードで変化することで、私は恐怖を感じていたのだ。
飛行機がいくら揺れても恐怖感を感じないのは、目の前の風景が全く変化しないからである。
羽田から熊本までは、約1時間40分。
その間に、『新聞社-破綻したビジネスモデル-』河内 孝著(新潮新書)を読んだ。
毎日新聞社の記者と経営者を経験した著者(1944年生まれ)は、新聞産業の経営モデルが大きく揺らいでいる原因の1つは、部数至上主義が生んだ極端な過当競争と編集工程を含めた生産や流通面での非合理性にあるという。そして、業界の再編成が必要であると説く。
本書は5章からなっているが、経営モデルの問題点の指摘とその再生に1~4章を割いている。
私がこの本を買ったのは、「インターネット時代における新聞の方向性」を模索する内容では、と思ったからである。しかし、その点について論じているのは、第4章の「新聞の再生はあるか」の一部と、第5章の「IT社会と新聞の未来」だけで、その内容もいたって抽象的であった。
新聞の機能について著者は、「新聞の機能とは何か、を突き詰めれば、プロの記者が記事を書き、対価を払ってそれを入手したいと思う読者がいるかどうかです。紙に印刷されているのか、ネットで見るのか、戸別配達されるのか、コンビニで買うのか、それらは二次的な問題にすぎない。社会的機能としての新聞の能力をもっと高めたいし、それに対する評価が下がっているなら、何とか復権させなくてはなりません」と記す(同書p.166)。
そして「新聞の復権」には、まず「経営体質を根本的に改革して業界の正常化を行い」(つまり、過当競争をやめて生産と流通の合理化を行う)、次に「ITの中に新聞機能が包含されるビジネスモデルへの転換を行う」ことが重要であると指摘する。
そして、「ITの中に新聞機能が包含されるビジネスモデル」とは、現在多くの新聞社が行っている「新聞社がITもやる」とは異なると記す(同書p.167)。
新聞機能について著者は「紙の新聞では、ニュース、読者が物事を判断するための解説や論説は、専門的な訓練を受けた人間によって選別され、編集されてきました。電子ペーパーという形であっても、一定のスペースに盛り込む以上、記事の価値によって、その大小や解説の有無が判断されます。その結果として一覧性という「見やすい」形に編集されるわけです」と記している(同書p.205)。
一方で著者はこうも指摘する「プロといっても所詮、記者は専門家の記者発表やレクチャーを聞いてリライトする職業。ならば情報発信元のウェブサイトやブログに直接アクセスすればいい、という考えがあっても不思議ではありません。すでにそのようにインターネットを活用している人も多いと思います」(同書p.206)。
そして、「日本で、世界でいま何が起きているのか。時代にどのような意味を持つのか。それが、自分の生活にどんな影響を与えるのか」という「知」への欲求。それに応える機能は、どう考えても、現在の新聞社あるいは通信社が持つシステムが最もふさわしいと思うのです。これからの新聞経営社は、その能力だけを残して、あとは全部捨てるぐらいの気持ちで、企業を再生すべきです」と記す(同書p.212)。
つまり、情報(ニュース)を選別し、その情報が時代や生活にどのような意味を持つかを解説し、1つの体系の中に編集するのが新聞の機能である、と著者は指摘する。
これは極めて正しいと思う。新聞や雑誌を作ることは、情報を一定の価値体系の中に編集することである。
しかし一方で、編集されていない情報を収集して、自分の価値体系の中で編集しようとしている人たちがいる。そして彼らが「情報発信元のウェブサイトやブログに直接アクセスすればいい」と考えているのである。このことも本書の著者は分かっている。
それでも著者は、一定の知識と見識を持ったプロが情報を編集すべきだ、と考えているのではないだろうか。
ここにこそ、「破綻したビジネスモデル」としての新聞社の実態があるのではないだろうか。
もはや私たちは、新聞社を「一定の知識と見識を持ったプロ集団」とは、考えていない。情報の選択基準も曖昧で風見鶏的雰囲気さえ感じる。
現在、情報の選択基準がかなりはっきりしているのは、日経新聞と赤旗、そして東京新聞だけである。
明日も「情報を編集することの意味」について、考えてみたい。
■写真は夜の熊本駅
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